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軍師官兵衛をみて経営トップが学べるかもしれない3つのこと

先日、体調不良で一日お休みをいただき、自宅療養しておりました。

そこで、ため込んでいた「軍師官兵衛」を思う存分、楽しむことにしました。

蜂須賀小六が死んだ以降なので、秀吉の天下統一がほぼ確定し、朝鮮出兵~秀頼の誕生当たりになります。

 

もともと、渡哲也ー竹中直人の大河「秀吉」が好きだったため、

今回のシリーズはその秀吉がダメになっていく過程は

感傷的に見たくないと思っていたのですが、思いのほか面白かったです。

 

よく秀吉を扱った作品ではこのあたり、秀吉がダークサイドに堕ち

周りのものを全て恐怖させながら、転がり落ちていくように表現されます。

それって、すごく薄っぺらい。

 

今回は意図的かどうか、そのあたりを丁寧に作っていて、

官兵衛に約束したことを反故にしたかと思うと、次に面と向かうときには

そのことに対して詫びを入れたり。

 

全体としては、悪化(?)しているのですが、面白みのない会社の株価のように

徐々に徐々に落ちていくという印象です。

何事にも法則性を見出して理解することは可能ということでしょうか。

 

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↑上がったり下がったりで徐々に落ちていく

 

さて、企業経営に関する観点で参考になったことがありました。

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軍師官兵衛をみて経営トップが学べるかもしれない3つのこと】

  1. トップはどんなにつらくとも前を向いて進まなければならない。
  2. トップ→部下にとって大事なのは信頼ではなく、信用だ。
  3. トップは組織に自分が何を貢献できるかを真剣に考えるべき

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1.トップはどんなにつらくとも前を向いて進まなければならない。

  これほぼ原文ママで作中に出てきます。

  黒田長政(官兵衛の息子)が自分の配下を秀吉の命で殺したことで、

  へこんでいるところを気の強いカミさんに怒られます。

  トップなんだから、それではついていくモノや死んだものが報われないと。

  

  その非道な判断が是か非かはおいておいて、ついていく存在がいる以上、

  トップはその身を以て先を示さないといけないんですよね。

  あくまでも会社は船で、宝島に向かうことでしか報われないわけで、

  そこで船長がくよくよしてもらってては困るわけです。

 

2.トップ→部下にとって大事なのは「信頼」ではなく、「信用」だ。

  このドラマでも、官兵衛(場合によっては秀吉も)は善で、

  淀の方(茶々:秀吉の側室)と石田光成は悪という構造です。

  この悪側が豊臣家の滅亡を招いた大きな要因であると。

 

  大方、そういった構造を取りやすいのですが、では石田らが意図的に

  組織の崩壊を目的にしていたかというと、そういう訳ではないんですよね。

  豊臣家の滅亡はそれこそ、彼らの死でもあり、結果的にうまくいかなかった

  としても、その都度の判断はより良いものを選ぼうとしたはず。

  だから、基本的に官兵衛が正しかったか光成が正しかったかという話ではないんです。

 

  では何が悪かったかというと、

  それは秀吉が部下に対して

  「信用」ではなく、「信頼」を前提においていたこと

  なのではないかと思います。

  

  一緒のように使ってしまいますが、違います。

  どう違うかというと、読んで字の如く

   信じて用いる:信用

   信じて頼る :信頼

  となるわけです。

  

  逆説的ですが、最も高く広い視野を持つからトップなわけで(持たないといけないともいいます)

  その人間が、部下を頼りにしているならば(信頼)、その人間に立場を譲るべきです。

  あくまでも信じて用いる(信用)そして、信じた以上はその結果の責任は取る!とすることで、用いられたモノも輝くという図式です。

  もともと、戦国時代~信長まで人を頼るということは重視されてこなかったわけです。

だからこそ、人を信じ切るという秀吉のスタンス(アピール)に価値があり、人を蕩かせる効果があった。

ただ、それはその効果を秀吉自身が読み切って、使っていた時点において有効であり、そこに高い戦略性が加えられた時に、抜群の効果を発揮していたんです。

 

フィクションかもしれませんが、この、”人を信じて頼るというスタンス”はおそらく秀吉が生来のものとして持っていたんだと思います。ただあくまでもそれを使える秀吉がいた。

だからこそ百戦錬磨の人物たちが信じて協力したと。ある種、この”「信頼」しているというアピールの効果”を信用して使っていたのだと思います。

 

しかしそれが老いなのか、あるいは朝鮮という自分の知覚が通用しない戦地においてその感覚が鈍ってしまったのか、信頼を自身の本質に置くようになってしまった。

そうなると事の判断は次第に、頼る人の選択の問題にすり替わっていきます。

官兵衛は信じられない、光成は信じられる、と。

 

こうなると、その頼る人物の能力・器で全てが決まってしまいます。

本当にそれを頼れる人物であれば、自立・独立していきますね。

なので、そうするのであれば、三顧の礼を持って、自分や組織に尽くすようにしなければいけない。

 

一番いけないのが、トップが「自分はできる。万能だ」と信じつつ、

スタンスとしては他の人間やその案に頼ってしまっている状態。

依存ですね。

こういう状態に秀吉の後半生は陥っていたのだと考えられます。

 

さてそこで、次のことが導かれます。

3.トップは組織に自分が何を貢献できるかを真剣に考えるべき
  (それができないなら、辞めるべきだ)

 つまりビジョナリーということでしょうか。

最初は社長が全てやっていたことを、徐々に部下に任せていく。

ベンチャー企業というものはそういった過程を踏んで成長していきます。

もしかしたら、運よく最初から教えずとも、意図したことができる人材が

入ってくるかもしれません。そういった人間には教えなくてもいい。

 

そうなった時にトップが考えるべきことは

 「これで安泰だ、安心だ」ではなく、

 「では自分はどういった点で、貢献しようか」ということです。

規模が大きくなると、ますます自分自身が手を下すよりも任せた方が

よいことが増えていきます。

自分では理解できないことも増えてくるでしょう。

 

そんな時にこそ、経営者は経営者にしかできないことを示し、

信じられる人間を用い、それを実現に導いていくのです。

 

それが船長たるトップの役割であり、この問いかけをせずになっていったのが

晩年の秀吉なのではないかと思います。

 

組織や部下がどうしてくれるか、ではなく組織に何が貢献できるか。

この先を見通し、結果に責任を持つことで、用いられる人材にも価値が発生し、

組織の成長も実現されます。

 

ああ、トップって大変だなあと改めて思った休日の一日でした。

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 頑固そうですね。